第295号

と、ある団体の役員会議に出席してきた。

この団体。決して自ら入団したわけではない。仕方なく入り、入った後も決して協力的ではなかった。でもなぜか施設代表となり役がついていた。

なぜこの団体が嫌いか・・・政治関連だから。

○○党のすべてに賛同しているわけでなく、その中の一部であったり、党を支援するわけでなく、個人は支援してもよい、と考えている。大体、その集団の今時ない強引なやり方が私にはあわない。

先日の総会の時、会費の値上げが承認された。代表者に委任されているのでその代表者が賛成についたかどうかで末端の者の会費も決定する。代表者といいながら、ではあなたは何人から委任されたの?しかもこの総会に出席しているのはほとんどが管理職。たかが¥1000の値上げ、と言い切れる人。末端の人の給料を知っていていうのだろうか。「たかが」というなら高給取っているひとから徴収してほしい。

今日は29日の参院選についての打ち合わせ。ポスターをはれ、電話をかけろ、掛けたらどのくらい投票してくれるか確認し3日ごとに報告しろ、電話当番しろ・・・。

こんなことを強制するから皆嫌がっているのに。しかし「我々職業人の代表者だから」といって譲らない。職業人代表で選挙にでるこの人は、同業者から愛されているとでも思っているのだろうか?「生の声を聞かせてください」というのが殆どの参戦者・政治家の言葉。本との声は「本当の協力者だけでがんばってください。当選しなかったら我々のせいにしないで下さい。ノルマを課さないで下さい」でも本との声は届かないシステムになっている。

役員会最後に支部長から「あなたの長とはツーカーの仲よ」と。遠まわしに脅し??パワーハラスメントだ。

私はこの職業界で生き残れないだろう・・・。

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第253号

自分の名前で検索したことがある?

私は自分の名前で検索すると、亡くなった歌人に行き着く。

自分にヒットすることはない・・・そんなモノよね、庶民って。

今日は学び多い一日でした。

学びって自身の姿勢に関わること

例えば講演を聞きにいく。テーマに沿った話に「なるほど」、と思う。払った金額に見合う情報を得た、と判断する。でも、他の目的意識も持って臨むと・・・わかりやすい講演だったら、どんな風に講演していたか、って事にも感心が集まる。

252号でも書いたけど、私は貪欲で、支払ったらそれに見合うもの、又はそれ以上を確保したい。そんな感性はどんな風に身につくんだろう。言わなくても分かる人、言って分かる人、言っても分からない人・・・さまざま。

折角情報があるのにアンテナを広げずにいるのがもったいない。情報を得て、いらなければ捨てればいい。でも、情報がないのに不用という。情報があるのに気付かない。

もっと貪欲になっていいんじゃないのかな、と思う。知らない怖さをもっと感じて欲しい。

きけ、わだつみのこえ」という学徒出陣戦没者の記録がある。この中に「読むものが欲しい。メンソレータムの効能書きを何回も読み返す」というのがある。読むものに飢えていて、効能書きさえ愛おしいと感じる。

今。情報氾濫の時代。読むものはいくらでもある。氾濫していることに慣れてしまっている。読めるものがあって有難い、という感性は今や求めるほうが難しいのか。

あって当たり前、という風景に慣れてしまっている。でも、はじめは何もなかったのにね。

こんなことを議論していました。こんな議論が出来る場があってよかった、と思う一日でした。

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